広島で平和記念式典始まる 原爆投下から81年、核廃絶求め宣言

query_builder 2026/08/06
ブログ画像
ブログ画像
ブログ画像
ブログ画像

 米国による広島への原爆投下から81年の「原爆の日」となった6日、広島市の平和記念公園(広島市中区)で平和記念式典が始まった。松井一実市長は平和宣言で、多くの為政者が核抑止力に依存し続け、核兵器のない世界は遠のいていると指摘。被爆地を訪れ、核兵器廃絶のための政策を実行するよう求める。

 平和宣言は、国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されていることや、核拡散防止条約(NPT)再検討会議で成果文書が不採択となったことに言及。核兵器の非人道性を軽視することは「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねない」と警告する。

 また日本政府には、核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、一刻も早く締約国になるよう求める。在外被爆者を含む被爆者援護の充実も要望する。

 式典では、高市早苗首相があいさつに臨むほか、グテレス国連事務総長のメッセージを国連の中満泉事務次長(軍縮担当上級代表)が代読する。<毎日新聞の記事より>

~・~・~・~

 広島は6日、被爆から81年となる原爆の日を迎えた。広島市の平和記念公園で開かれた平和記念式典で、広島市立高須小学校6年の柿崎由宇さんと同市立高南小学校6年の河野和希さんが「平和への誓い」を読み上げた。

<平和への誓い(全文)>
もしも「大切なもの」が一瞬で消えてしまったら、どんな気持ちになるのでしょうか。
私たちが笑い合っているときにも、尊い命が失われている現状があります。
今もどこかで、当たり前の日常がうばわれています。

ぼろぼろになった制服。
黒く焦げたお弁当箱。
それは、当たり前の毎日を生きていた証(あかし)です。

昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。
たった一発の原子爆弾が、人々の暮らしを、人生を地獄に変えました。

髪は焼けちぢれ、全身の火ぶくれが破れ、火傷(やけど)した皮膚が垂れ下がった人々。
「痛いよ。苦しいよ。」
「助けて、お母さん。」
「死にたくない。」
「助けてあげられなくてごめん。」

死んでしまうつらさ、生き続ける苦しみは、想像することさえ恐ろしいことです。

私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、
当時の記憶を事実として受け止める使命があります。

目をそらさず、知ろうとすること。
悲しい現実でも向き合うこと。
そこには、「生きたかった人々」、「生き続けた人々」の思いがあります。

私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります。
相手の気持ちを想像し、意見の違いがあっても認め、受け止めること。
平和への思いを、自分なりの方法で表現すること。

一人一人の小さな行動が、平和への後押しとなります。
平和とは、誰かからあたえられるものでなく、世界中の人々で創り上げるものです。

こどもである私たちも、その一員として平和への一歩を踏み出します。
かけがえのない「大切なもの」を、確かな希望を、未来へ届けるために。

令和8(2026)年8月6日

こども代表
広島市立高須小学校6年 柿崎由宇(かきざきゆう)
広島市立高南小学校6年 河野和希(こうのかずき)

#広島
#原爆
#平和
#戦争


----------------------------------------------------------------------

個別支援教室・ツーマン塾

住所:神奈川県藤沢市羽鳥1-5-24

羽鳥サニーハイム305

----------------------------------------------------------------------